勝利王の国造り

マハリシ総合教育研究所月刊誌『UTOPIA』より転載

この物語は、マハリシ・スクールで使われている教材「やさしい創造的知性の科学」の中に掲載されていたものです。

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むかしむかし、曙王国というところに、勝利王という賢い王がいました。

勝利王が父王から位を譲り受けたとき、王国は暴動と飢饉に明け暮れるまったくの暗黒時代、未来に夢も希望もない有様でした。王廃しきった国土と、民の悲しみに満ちた姿を目にするにつけ、王は深い哀れみにとらわれました。やがて、豊かな国造りを目指して、立て直しを計ることを心に誓いました。

王はまず、初めの数年間、村から村へと旅に出かけました。国中の田畑は荒れ果てていました。勝利王は馬車から降りて、荒れた畑に身をかがめました。村人たちは、その王の姿を見て、みな胸がいっぱいになりました。

勝利王は、手でひとつかみの土をすくい、村人たちと新しい農業のやり方を話し合いました。とにかく痩せた土地を元通りにして、どんどん収穫をあげていかなくてはなりません。

それからさらに、王は村の現状を視察し、外敵からの防衛策などについても話し合いました。

国中の誰もが、こうした王の意気込みに心を打たれ、王が帰ってからも、村人たちは車座になって、王様はこんなことをなさった、こんなことを話されたと楽しげに語り合いました。

さて、数年がたちました。国の再建が首尾よくいっているかどうか検討する時期になりました。

ところが、あんなに力を尽くしたにも関わらず、それはほとんど達成されていなかったのです。勝利王はがっかりしてしまいました。一年前に訪れた村に行ってみますと、以前とほとんど同じ状態です。作物はなお不作のままでした。王が提唱した輪作などの方法も、まったく試みられることなく終わっていました。外敵に備えるためにと教えた石垣も、傍らに山積みの石を残して、未完成のままでした。

勝利王は、なぜ言いつけ通りに実行しなかったのか村人たちに尋ねました。村人たちはすっかり恐縮して答えました。

「誉れ高き王さま。私たちはおっしゃるとおりにやろうとがんばりました。ところが、だれも王様のお言いつけを詳しく覚えているものがいなかったのです。間違ったやり方をしてダメにしてもいけませんし、かえって王さまの指示をもう一度いただくまで待った方がいいだろうということになったのです。」

勝利王がこの村に再度視察に来るまで、一年余りかかっています。国中の村をまわるのにそれくらいを要したからです。

一方、王が旅に出ている間、宮殿では何もかもがめちゃくちゃになっていました。王女はひっきりなしに伝令を送って、王に何とか戻っていただくよう懇願していました。再建のもくろみもはずれて、王はすっかり落胆し、結局、失意を抱えたままとりあえず宮殿に戻ることにしました。

宮殿に戻った勝利王は、人を遠ざけ、だれとも口をきかないように数日の間、寝室にひきこもりました。そこで、静かにもう一度思いをめぐらせていたのです。


深い静寂が国中に広がりました。国民はみんな、王さまの邪魔をしないように、静かに仕事をしました。何かあっても、パントマイムのように身ぶり手ぶりで用を足しました。

さて、三日たちました。王はおもむろに寝室を出、王座に腰をおろしました。そして大臣や召使、全員を呼び寄せてこう言い渡しました。

「私は二年間ここを留守にして、国中を見てきた。一度しか行けなかったところもあるし、二度、三度行ったところもある。どうしたら、収穫を上げられるか、どうしたら村を立て直せるか、そのやり方を村人たちに教えようとしてきた。ところが、それはまったくうまくいかなかった。一つの村に行けば、その村は立ち直るが、私がいなくなると村人たちは、もう何もできなくなる。私の留守中、この宮殿さえめちゃくちゃになってしまったではないか。」

居並ぶ大臣、召使たちはみんな、威儀を正した王の言葉に、すっかり首をすくめ、だれ一人王と視線を交わせる者はいません。

「こうなると、私一人ではどうにもならん。あちこち、みんな直接指導して歩くなど無理な話だからな。そこでだ……」
と王は大臣を見回しました。

「今度は、私が出向くのは止めにする。代わりにおまえたちに行ってもらうことにしよう。それぞれがいくつかの村を受け持つのだ。そして、村人が、しっかり自分でやっていけるように、指導してやれ。

ここに一つの方法がある。それは、自分で自分をしっかりさせる一番の方法だ。自然のおおもと、万物創造の源に触れる方法だ。それをまずおまえたちに教えよう。それから、村人に教えてやれ。この国を立て直すには、この方が早くて確実だ。私はここに残る。おまえたちが何をすればよいかは、ここから指示することにしよう。」

こうして、大臣たちはあちこちの村に出かけていきました。まもなく、曙王国ではすべてうまくいきはじめました。村人たちはお腹も心も満足させて、すっかり明るさを取り戻しました。村々はどんどん豊かになって、国の守りもそれにつれて強固になり、あまり外敵の心配をしなくてもよいようになりました。

一方、勝利王はといえば、宮殿の自室で静かに座って、一日中のんびりと大臣たちの働きを立案したり、指示したりするだけです。

あれほど親身になってくれた王さまがすっかり訪ねてこなくなったものですから、初めのうち、村人たちは少し不満気でした。しかし、その村人たちも、まもなく自ら馬車をしつらえ、交代制で一人一人王にお目通りしようと、一週間ごとに宮殿に参上するようになりました。自分たちでは、何一つことが運ばなかった村人たちです。ずいぶんと進歩したものです。

勝利王は、どんどん自分の責任を大臣たちに分譲するようにしていきました。そのため、もっともっとたくさんの時間を割いて、国民と過ごせるようになりました。初めは一週間に一度くらいでしたが、まもなく毎晩自室から出て、みんなと時間を共にするようになりました。

国を再建しようという、勝利王のもくろみは、それから後二、三年で達成されました。国中が満たされ、いつまでも豊かに栄えたということです。おわり

【Q&A】

①この物語の中には、最小の行動から最大の達成を得るという原則がみられます。説明してみましょう。

②親身であること、効率を上げること、これは欠くことができない要素です。これも物語を参考に、なぜ必要なのか考えてみましょう。

③村人たちを「五感」勝利王を「心」に例えてみますと、この物語は五感を発達させる、最も効率的な手段を示しています。それは何でしょう。