マハリシ・マヘーシュ・ヨーギーとバックミンスター・フラーとの注目すべき会談

マハリシとバックミンスター・フラー

1971年、マハリシ・マヘーシュ・ヨーギーとバックミンスター・フラーとの注目すべき会談が、マサチューセッツ大学アマースト校で行われた。マハリシとフラーはそれぞれ別の知識の伝統に根差しているが、個人生命と宇宙生命との普遍的根源について互いに語りあった。以下のビデオは彼らの会談を収めた貴重な記録である。

ビデオのパート1(英語)

ビデオのパート2  ビデオのパート3

R.バックミンスター(バッキー)フラーは、20世紀のアメリカにおける重要な革新者の一人である。彼は数々の表彰を受けた著名な哲学者であり、思想家、発明家、建築家、技術者、数学者、詩人、宇宙論者、そしてアメリカにおける最初の未来学者であり、世界の問題について大局的な展望を持つ人物の一人であった。

彼は、1895年7月12日にマサチューセッツ州ミルトンで生まれ、全30冊以上の著作によって「宇宙船地球号」「エフェメラリゼーション」「シナジェティクス」といった言葉を生みだし、社会に広めた。バッキーはまた28の特許をもち、47の名誉学位を与えられた。

バッキーの名前を最も有名にしているのは、ジオディックドームの発明によるが、彼が現代世界にあたえる真の影響は、新しい世代のデザイナー、建築家、科学者、そして芸術家など、より持続可能な世界をつくろうとしている人達を、今も感化し続けていることである。

マハリシ・マヘーシュ・ヨーギー

この歴史的記者会見でバッキーは、マハリシが古代インドの意識の科学である「ヴェーダ科学」を復活させ、それを人間性の向上に応用したことに、深い感謝の意を述べている。

バッキーは、1927年に初めて人間の意識の潜在力を調査し始めた。それは瞑想に関して彼が最初に研究を始めた時でもあった。しかしながら彼は、人々が瞑想するのは世界への貢献というよりも、個人的利益のためである、と結論づけたため、自分が習得したことにさほど感動もしなかった、と語っている。

この印象が劇的に変化したのは、44年後にマサチューセッツ大アマースト校でマハリシに会った時だった。

「瞑想者が人間の潜在力を開発しているのは、人類の利益のためである、と聞いた時に大きな喜びに包まれた。マハリシはインドで最も古くから記録されている考えを発見していたのだ。」とバッキーは語っている。

バックミンスター・フラー


そして以下は、バッキーが「素晴らしいニュース」と報道関係者に語った内容である。

「本当に素晴らしいのは、人類に利益をもたらすために、神秘的な方法によらず、何千年にも渡り静かに瞑想を続け、知識を守り続けてきた人達がいるということだ。マハリシが愛され、理解を得ているのは、彼が人類愛を持っているからだと思う。人はマハリシに会えば必ず彼の高潔さをすぐに理解することが出来るし、それは彼の瞳からも見て取れる。

私がニュースメディアに対して言いたいのは、素晴らしいニュースとは、アメリカが真実や愛、優しさ、思いやりといったものに対して自らの腕を広げているということ、そして真実を知るための唯一の方法は、意識を通じてやってくるということだ。世界はマハリシのインスピレーションの波の中で、実際に、意識を通して真実を知ろうとしている。そして、この惑星で生存するために、人間愛に対する憧れや決意を表明していくだろう。

そこには非常に深遠な力が働いている。それは宇宙そのものの英知である。これはまさにニュースだ。この種のニュースを報道するのは容易ではないけれど、これはニュースだ。」

バッキーの描く非凡な未来像や、人間愛に貢献しようとする飽くなき創造性によって、筆者も含む無数の人々が勇気づけられた。地球をより平和で持続可能な惑星にしようという彼の強い思いは、私を超越瞑想の実践へと導き、マハリシとの対談が行われたシンポジウムに足を運ばせた。

バッキーの亡くなる2〜3カ月前の1983年に、私はカリフォルニアにある彼の自宅に招かれることになり、非常に感激したものだった。出迎えてくれた彼は私の手をとり、まっすぐな視線で「孫娘のように愛しいお嬢さん、君はずっと以前から私の友人だよ」と言ってくれたのだ。それは彼の非凡な精神性があらわれた言葉のように思えた。生命の根源で、私達は一つにつながりあい、統一されている。そのような現実を彼は生きていた。そして彼が、自分の生涯の仕事や、マハリシの生涯の仕事を心から理解していたことは、彼の非凡な能力を証明していると言えるだろう。

原文:LINDA MAINQUIST

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