学校でただ一つ、教えてくれないことがある。それは学ぶ生徒たち自身のことだ。米国の学校で広がっている「静かな時間」は、授業の始まりと終りに生徒が自分自身を見つめる時間だ。それによって学校が変わったという様子をハフィントンポストが報告している。以下は、その記事の抄訳。
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5月初旬の水曜日の午後。ビザンチン帝国についての注釈や批評を読み、一日中座って勉強した後で、ザジタ・ウォーカー先生の社会学と言語芸術クラスの6年生たちは、予想通りに6年生らしく振舞った。授業はほぼ終わり、ポスター、問題用紙、時間割があちこちに張られた教室は、おしゃべりで騒がしい。好奇心いっぱいの10歳から12歳の子どもたちには、もうすぐ下校時間だということがわかっている。
しかし、下校の前にもう1つ実習が残っている。生徒は、よせてあった机を引きずって前向きにきれいに並べ直す。ウォーカー先生は5、4、3,2,1とカウントダウンを始め、生徒に机の上をきれいにするように指示する。一人の少年が教室の前の方に歩いて行き、クラスメートたちと向き合って座り、ベルを鳴らす。
ニューヨーク市ブルックリンにあるアーバン・ガーデン・スクール(BUGS)の25人の生徒は、ほとんど同時に目を閉じる。何人かは、頬杖をついている。ほとんどの生徒は、うなずくような形で頭を少し下げた格好で寝ているようにも見える。
これが静寂の時間だ。それは全くその言葉どおりで、外から見ると、何事も起きていないかのように見えるが、そこでは何かが起きている。およそ4分の3の生徒が、瞑想すると深い休息の中で意識の内側深くに入っていくと語っていた。
その日、静寂の時間の後で、何人かの生徒がそのことについて話してくれた。
「僕は瞑想する前は、まわりの人とよく口げんかをしていました。瞑想すると、ストレスが減るように感じます。」と少年の一人が言うと、
「心を休めるために、私たちには瞑想が必要です。」と少女が付け加えた。
「瞑想は心を休ませますが、学校の事も考えてしまいます。」と別の少年が同意する。「瞑想を始めてから、成績が上がりました。」
生徒達は1日2回、朝15分、午後15分ずつ静寂の時間をとっている。
Photo by Damon Dahlen, Huffington Post
BUGS(ブルックリン・アーバン・ガーデン・スクール)と呼ばれる特別学校は、2013年の開校から、静寂の時間を採用している。この学校は、総合的で持続可能な教育に重点を置き、生徒に瞑想の実習とそれに関する学科を教える3人のフルタイムスタッフをかかえている。BUGSは、ニューヨーク市の第15地区にあり、富裕層と貧困層が混在している地域だ。この学校には200人の生徒がいて、およそ半数がランチの費用を軽減されているか、無料で食べている。そしておよそ4分の1の生徒が障害を抱えているのだ。
静寂の時間は、1990年代にワシントンDCの学校長によって取り入れられた。はじめは一時的な試みとして始まったが、うまく軌道にのって、今でも続いている。特にこの7年間で静寂の時間は広まり、今ではアメリカ全体で18の学校が採用している。
これは、ニューヨークのデヴィッド・リンチ財団が提供する瞑想プログラムの1つであり、他にも、帰還兵、性被害者、家庭内暴力の被害者、囚人、HIV患者のためのプログラムがある。この財団が教えている超越瞑想は、マハリシ・マヘーシュ・ヨーギーが世界に広めた瞑想法だ。映画監督で、テレビプロデューサーでもあるデヴィッド・リンチは、実践者の中で最も知られているアメリカ人であり、彼の名前が財団名になっている。
マハリシの下で学び、長年にわたってTMを支援してきたリンチ監督は、2005年に財団を設立し、アメリカ内外の学校で瞑想を教えるための資金を提供してきた。世界中に瞑想を広めるために、3千万ドルの基金を集め、ペルー、南アフリカ、イスラエルなど12カ国以上で50万人の生徒にTMを教えてきたという。財団の目標は、静寂の時間に興味をもつ世界中の学校にプログラムを提供するための資金を集めることだと理事長ボブ・ロス氏は語っている。
「長い間、私たちは瞑想を体育の授業のように提供したいと思ってきました。」ボブ・ロス氏は言う。
TMは、その人に合ったマントラを繰り返す瞑想法だ。マントラは意味をもちいない言葉、音である。超越瞑想は普通、静かに20分間行うが、BUGSの生徒のように、子どもの場合には瞑想の時間はもっと短い。他の瞑想法と比べると、TMは「何かに集中したり、心をコントロールする必要がなく、沈思黙考したり、考えを観察することもしない」と言われている。
「静寂のない都会で、生徒は瞑想でその日を始め、その日を終えている。」
瞑想の教師たちはよく、瞑想中の体験を海に例えて説明する。
「海の真ん中で、小さな船に乗っているとします。そこに突然、高波が起こると、海全体が荒れているように見えますが、海の断面図を見ると、表面は荒れていても、その奥深くは静かであることがわかります。」とロス氏は説明する。彼は40年以上も瞑想しているベテランの教師だ。「私たちの心の表面は活動的で、常に考え事をしています。あれもしなければいけない、これもしなければいけないと考え続けています。しかし、心の内側深くには静かで、広く目覚めた状態があります。それもまた私たちの一部なのですが、そこへと至る方法を忘れてしまったのです。」
実践者は、1日2回の瞑想を通して、誰でも深い休息を取ることができると信じている。「それは自分自身で身体を治し、睡眠では取りきれない根深いストレスや緊張を取り除きます。」ロス氏は言う。
そして、このような深い休息は、驚くほど有益であると考えられている。成人を対象とした科学的調査によると、瞑想している人は、ストレスの度合いが低く、高血圧のリスクも少ないことがわかってきた。また、幸福度が高まり、自信が増すと報告されている。
サラ・ローズ・ベロック(左)とローラ・ノエル(右)は、静寂の時間プログラムを担当する教師。彼女たちのオフィスでは、静寂の時間の講義を準備したり、瞑想についてもっと学びたいという生徒達とのミーティングが行われている。
Photo by Damon Dahlen, Huffington Post
静寂の時間は比較的新しいプログラムであるため、生徒への影響を調査した研究データは限られている。しかし、これまでの研究では、瞑想している子どもたちは、成績が上がり、停学率が改善し、精神状態が良くなることが分かっている。
静寂の時間が生徒に及ぼす影響について調べてきた、ニューヨーク大学の心理学助教授ジョシュア・アロンソンは、次のようにと述べている。「瞑想している時は、アルファ波が現れて、身体の活動が静まり、脈伯数が減り、闘うか逃げるかの反応が起こらなくなります。コルチゾールも減ります。身体が休まって、楽しい気分になります。」
成績が悪くて卒業できない生徒が多く、教師の離職率が高い中学や高校に、デヴィッド・リンチ財団は力を入れてきた。最近、州立学校評議員会と学校法人評議会が行った調査によると、全国のトップレベルの教師たちは、家庭内ストレス、貧困、学習および心理面の問題が、成績向上の最も大きな障害になっていると警告している。
「身体の化学反応や脳の活動というものは、その生物が生き残るために設定されています。」とアロンソンは語っている。「都市部の生徒は、闘うか逃げるかという状況の中で生活しているので、彼らの身体は自然にそのように反応します。そうした状態で、生徒は常に警戒しなければなりません。彼らは代数の深遠な理論に興味をもつことができません。なぜなら、彼らの脳は抽象的な理論に関心がないからです。彼らの脳は、それとは正反対の生き延びることに向いています。これが大きな障害となって、勉強したいという気持ちが起こらないのです。」
瞑想は、そうした障害をなくすための一つの方法であると彼は述べていた。
静寂の時間は、ヨガやマインドフルネスを実験的に取り入れている特別教育区や個々の学校で大きく広がりつつある。
サンフランシスコのヴィジテーション・ヴァレー中学校では、2007年から、このプログラムを取り入れてきた。その学区は、このプログラムの支持者が最も多い地区の一つだ。最初の一学期で、静寂の時間に参加した生徒と参加しない生徒を比較した結果、参加した生徒の停学者が45パーセント減った。この学校は、サンフランシスコで最も犯罪の多い地域に位置しているが、3年後には停学者が75パーセントも減った。また、静寂の時間を取り入れるまでは、年に数人しか合格していなかったサンフランシスコのトップの公立高校ローウェル・ハイスクールに、今では20パーセントの生徒が合格している。
「瞑想は、雨から守ってくれる傘のようなものです。」
「多くの学校は、マインドフルネスや瞑想を試しています。いくつかの学校は、生徒にそれらを家で行うように指導していますが、それは間違いだと思います。それでは、ごくわずかな成果しか得られません。」とアロンソンは述べている。「静寂の時間の優れた点は、学校生活の中で習慣的に行う実習であるということです。」
「私が最初に赴任した頃は、毎日一度や二度の喧嘩沙汰がありました。」と13年間ヴィジテーション・ヴァレー中学校の校長を務めたジェームズ・ダークは言う。彼は現在、アメリカ学校管理者連盟の副理事長だ。「生徒は常に警戒していました。教師もです。そして、生徒のPTSDについて語ることはタブーでした。」
生徒の成績を上げるようにという指示は、学校の管理者たちを創造的にした。カウンセリング、子ども同士の仲裁、放課後の補修、スポーツ、音楽のレッスン、地域との絆を深めることを強化し、その後で、静寂の時間を採用した。そこに至るまでに4~5年かかったが、瞑想が一番学校を変えたとダークは語っている。
「瞑想は傘のようなものです。学校の上に傘をさすことで、生徒を雨から守ることができます。」と彼は言う。
同僚である教育者の多くがそれに賛同し、サンフランシスコの5つの学校が静寂の時間を取り入れている。教育長リチャード・カランザは、このプログラムが広がっていくことを期待していると述べていた。
廊下の掲示板には、毎週のクラスの成績や静寂の時間プログラムの得点が貼られている。
Photo by Damon Dahlen, Huffington Post
現在、ニューヨーク、サンフランシスコ、ロサンゼルス、デトロイト、ニューヘブン、コネチカット、ワシントンDCの学校が静寂の時間を採用しており、デヴィッド・リンチ財団はさらに、シカゴの学校にも静寂の時間を導入しようとしている。
BUGSの教師であるウォーカーは、ときどき生徒たちと一緒に瞑想したり、授業前に一人で瞑想している。
「瞑想しなかったときは、私も少し注意が散漫になります。」彼女は言う。「遅刻して朝の静寂の時間に参加できなかった生徒たちも、注意が散漫になることに気づきました」。怒りっぽい生徒の一人は、自分の怒りを抑えるために、ときどき教室から出て瞑想しているという。
「瞑想が特効薬だとは思いません」とBUGSの共同創設者ミリアム・ナンバーグは言う。彼女は特別教育の教師だったことがあり、教育省の弁護士でもある。「もちろん今でも、生徒が感情を表すのを目にすることはありますが、私たちは生徒に、ストレスや不安をうまく扱い、物事に集中するための方法を与えているのです。」
静寂の時間を非難する人がいないわけではない。最初にカリフォルニアで採用されたとき、何人かの親とキリスト教系のNPOは、この実習はヒンズー教に由来するものであり、米国憲法修正第一条を犯していると抗議した。その時、米国ヒンズー教財団は、ヨーガと瞑想の起源であるヒンズー教の名誉を守るために、TMは非宗教的なものであると宣言している。
しかし、TMの普及を推進している人々は、TMの実習は特定の信仰を必要としないと述べている。
最近では、反対する声も少なくなってきた。しかし、生徒が瞑想するには親の同意が必要である。
学校内で行われる他の行事と同様に、TMにも成績がつけられている。BUGSでは、生徒が瞑想する度に、教師が0~2点の得点をつけている。静寂の時間の間中、目を閉じて座っていた者には2点、目は開いていても、ほとんどの時間頭が下がっていた者には1点、邪魔をした者には0の点数がつけられる。各学期ごとに、これらの平均値が成績に加算され、成績表に記載されているのだ。
廊下には、クラスの成績が、週ごとの静寂の時間の最高点と共に張られている。6年生と7年生の過去の優秀者の2つのトロフィーも陳列されている。
「生徒の中には、最初は冗談だと思っている子もいました。その本当の価値を理解していませんでした。」BUGSの教師になったばかりの教師ウォーカーは言う。「しかし、今その生徒は授業で脳について学んだり、神経について話し合ったりしています。どうしたら神経は目覚めたり、眠ったりするのか、また瞑想がどのようにして脳や身体を癒すのかを学んでいます。そうしたことが生徒に違いを生み出していると思います。」
Source:Reading, Writing, Required Silence (Jaweed Kaleem)