シカゴ大学の犯罪研究所は、デヴィッド・リンチ財団が支援している学校での瞑想プログラム「静寂の時間」について大規模な研究を始めた。
子供たちのストレスを取り除くことで創造性を高めたいという映画監督デヴィッド・リンチの思いもよらない活動をSmithsonian Magazineが報告している。以下はその記事の抄訳。
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デヴィッド・リンチの心のなかを想像してみてほしい。それはきっと暗くシュールで凶暴な場所だと思うかも知れない。この70歳の映画監督は、不可解でエロティックなスリラー「マルホランド・ドライブ」や、ガスマスクをつけたサディストの「ブルーベルヴェット」などの映画で世界的に知られている。1990年代にヒットし、2015年にリメイクされたテレビドラマ「ツインピークス」でさえ、少なからぬ暴力シーンがあり、キラー・ボブと呼ばれる幽霊に殺されるティーンエイジャーが主役だ。
そのリンチが、内面の平和を広めるために活動をしているとは思いもよらないことだろう。しかし10年以上にわたって、彼は自分の時間とお金の多くを使って、低所得者層の家庭、帰還兵、ホームレスなど、ストレスを抱えた人たちが超越瞑想を学べるように奨学金を提供してきた。今年になって、シカゴ大学の犯罪研究所は、デヴィッド・リンチ財団が行っている学校での瞑想プログラム「静寂の時間」について研究を始めている。それは学生に対する瞑想プログラムの効果を調べる、これまでにない大規模な無作為化比較研究で、シカゴとニューヨークの生徒6,800人を被験者にしている。
リンチ自身の子供時代には、ストレスなど全くなかったという。彼はアイダホ州ボイツで育ち、泥遊びや木登り、アリの観察などをして過ごした。彼の両親は彼の芸術的才能を育み、「そこでの生活は愛によって支えられていた」とドキュメンタリー「アート・ライフ」のなかで彼は振り返っている。それは最近ヴェニス映画祭で賞を取ったドキュメンタリー映画だ。彼は高校でまじめに絵を描き、20代半ばで最初の映画「イレーザーヘッド」の資金を得た。
それはリンチが、怒りと鬱にもがき苦しみ始めた頃だった。それがどのような感情だったのか、リンチらしいメタフォーで表現すると「否定性というゴム製のピエロの衣装を着て窒息しかけていた」という。それは、1973年のことだった。ビートルズが有名なリシケシ滞在から戻ってきて数年後、リンチの妹が、ビートルズのように超越瞑想を習ったらどうかと勧めた。リンチは、一番最初に瞑想したときのことを「抑圧が消えていくようだった」と話している。「内側に落ちていったんです」と彼は言う。「それはとても素晴らしい体験でした。とても深遠で素晴らしかったのです。」
それ以来、リンチは毎日瞑想している。2005年、彼はデヴィッド・リンチ財団を設立した。この財団は、コンゴ、南アメリカ、ヨルダン川西岸地区の50万人の子供たちが瞑想プログラムを学べるように資金を提供している(資金の多くは、ケイティ・ペリー、ジェリー・サインフェルド、ルイ・C・K、スティングといった有名人が行うチャリティーイベントで集められたものだ)。超越瞑想──TMは、マインドフルネスとは異なる瞑想法だ。TMを習った人たちは、マントラ(音)をもらい、その使い方を学ぶ。マントラを繰り返していると、深く広い静寂のなかに入っていくことができる、という。
TMは、どこでも同じやり方で教えられている独特のテクニックであり、その効果は、シカゴ大学の犯罪研究所でも研究されている。「TMはとてもシンプルなもの」と犯罪研究所の研究員、オールリー・オウスは言う。「ただ目を閉じて、瞑想するだけです」。ニューヨーク、デトロイト、サンフランシスコ、ロサンゼルス、ワシントンDCで静寂の時間を採用している学校では、暴力が減り、生徒の幸福感が増すと犯罪研究所は報告した。
その効果が広く知られていても、きちんとした証拠にはならない。「教育界では、どんなに効果のあるプログラムでも、すぐに元の正統的な教育に戻ってしまう傾向がある」とフォーダハム研究所のシニア研究員、ロバート・ポンディシオは言う。だからこそ、たくさんの事例が必要だと彼は強調する。「何千人もの生徒の無作為化比較研究の結果があれば、効果があるということがわかるでしょう。」
それが、犯罪研究所が無作為化比較研究を行っている理由だ。「私たちには大変高いハードルがあります」と犯罪研究所のエグゼクティブディレクター、ロシアナ・アンダーは語る。彼女はこれまで、シカゴ市長ラム・エマヌエルやイリノイ州知事ブルース・ローナーと共に、社会安全プログラムの仕事をしてきた。「懐疑的になるのは、遺伝子にそう組み込まれているからです」。シカゴの学校で静寂の時間を採用するかどうかを決定するために、研究者らは二つの学校で試験的な実験を始めた。「これらの地域に行ってみれば、そこが世界で最も危険な場所の一つだとわかるでしょう」とアンダーは話す。「このような地域の子供たちが、学校に行って何かを学ぶのは大変難しいことです。」
暴力によって子供の脳に強い警戒心が生じることを多くの研究が示している。2014年に国立科学研究所が発表した子供の発達に関する論文では、ストレスホルモンの多量分泌は、「車のエンジンを毎日何時間もかけている」のと同じであり、「それは、肉体的および精神的な病気を引き起こすストレスのリスクを増大させる」と述べている。
成人に関する研究によると、TMの実践は、脳卒中、心臓発作、高血圧などストレスに関連した問題を軽減することが分かっているが、子供たちにも同じ効果があるとは限らない。そのため、これから3年以上かけて、シカゴ大学の研究者は、シカゴとニューヨークの公立校に通う6,800人の生徒のデータを研究することになった。その半数はTMを学んだ生徒であり、残りの半数はTM以外の静かな活動を行っている生徒であり、これらの公立校では、生徒の成績、試験の点数、懲罰、警察の記録などのデータを追跡し、シェアすることになっている。他にも、犯罪研究所の研究者らは、コルチゾールのレベルといったストレスに関連した生理的指標を計ろうとしている。「それができれば、ストレスや暴力が子供に与える影響についてもっと知ることができるでしょう」とオースは述べている。
リンチにとって、ストレスを減らすことは単なる最初の一歩に過ぎない。彼は、子供たちにアーティストや独自の考えを持つ人間になって欲しいと思っている。彼のようなエキセントリックな映画監督になってもいいだろう。「ストレスは、若者の創造性にブレーキをかけるものだ」と彼は言う。「若者にストレスを減らすテクニックを与え、彼らの脳を目覚めさせれば、限界なく何でも創り出すことができるでしょう」。
Source:“Director David Lynch Wants Schools to Teach Transcendental Meditation to Reduce Stress” By Jennie Rothenberg Gritz, Smithsonian Magazine